開業コラム
「10年後も需要が残る科・縮む科」を政府データで検算する — 全国横ばいの内科でも、7割の自治体では需要が減る
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1. よく言われること
開業の診療科を検討するとき、「高齢化が進むのだから内科や整形外科は当面安泰、小児科は子どもが減るから厳しい」という話をよく聞きます。裏返して「需要が残る科を選べば場所はそれほど問題にならない」という言い方もされます。
これは本当に「科で決まる」話なのか。政府統計だけで計算してみます。
2. 計算方法(意見ではなく計算)
使ったデータは2つだけです。
- 将来人口: 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」中位仮定。全国1,904自治体 × 5歳階級。
- 外来受療率: 厚生労働省「令和5年(2023年)患者調査」の診療科別・年齢階級別 外来受療率(人口10万対、全国値)。
この2つを掛け合わせて、外来需要指数を定義します。
demand(科, 年) = Σ_年齢階級( 人口 × 受療率 ÷ 100,000 ) 指数 = demand(2035年) ÷ demand(2025年) × 100 (2025年 = 100)
つまり「2025年と同じ受療行動が続いたとき、人口構成の変化だけで外来患者数が何%になるか」を表す相対値です。売上や患者数の予測ではありません。全国計は1,904自治体の合計値です。
3. 結果
3-1. 全国計では、科による差は最大13ポイント
全国計で2035年に2025年を上回るのは内科(101.0)と泌尿器科(100.8)の2科のみで、それも「横ばい」と呼ぶべき水準です。最も落ちるのは小児科(88.1)で、内科との差は12.9ポイント。2040年まで延ばすと小児科は86.1、内科は100.6となります。
| 診療科 | 2035年 指数 | 2040年 指数 | 需要のうち65歳以上が占める割合(2025年) |
|---|---|---|---|
| 内科 | 101.0 | 100.6 | 63.7% |
| 泌尿器科 | 100.8 | 99.7 | 66.6% |
| 整形外科 | 99.5 | 97.9 | 62.9% |
| 眼科 | 98.5 | 97.2 | 60.7% |
| 消化器内科 | 98.4 | 96.9 | 51.1% |
| 外科 | 96.1 | 93.6 | 38.6% |
| 精神科 | 95.1 | 92.2 | 27.1% |
| 皮膚科 | 94.8 | 92.0 | 30.8% |
| 耳鼻咽喉科 | 93.1 | 90.1 | 20.1% |
| 産婦人科 | 91.7 | 87.8 | 8.0% |
| 小児科 | 88.1 | 86.1 | 0.0% |
3-2. ところが、自治体単位で見ると「安泰な科」は消える
同じ計算を1,904自治体それぞれで行い、2035年指数が100以上(=需要が増える)になる自治体の割合を数えました。
全国計で101.0だった内科ですら、需要が増えるのは1,904自治体のうち29.8%。残る約7割の自治体では2035年の需要は2025年を下回ります。内科の自治体別の中央値は95.2で、100を割っています。
| 診療科 | 需要が増える自治体の割合 | 自治体別 指数の中央値 | 下位10%点 | 上位10%点 |
|---|---|---|---|---|
| 内科 | 29.8% | 95.2 | 84.2 | 105.7 |
| 泌尿器科 | 28.4% | 95.0 | 83.7 | 105.8 |
| 整形外科 | 23.0% | 94.5 | 83.8 | 104.3 |
| 眼科 | 19.3% | 92.9 | 82.5 | 103.1 |
| 消化器内科 | 18.8% | 92.4 | 82.1 | 102.7 |
| 外科 | 9.8% | 90.1 | 80.5 | 99.9 |
| 精神科 | 7.1% | 88.7 | 78.9 | 98.8 |
| 皮膚科 | 6.7% | 88.0 | 78.6 | 98.5 |
| 耳鼻咽喉科 | 3.8% | 85.5 | 75.5 | 96.7 |
| 産婦人科 | 1.5% | 84.8 | 73.5 | 95.0 |
| 小児科 | 1.5% | 78.4 | 64.4 | 92.8 |
内科の自治体間のばらつき(下位10%点84.2 〜 上位10%点105.7、幅21.5ポイント)は、全国計で見たときの科の差(12.9ポイント)より大きい。データ上は、「どの科か」より「どの自治体か」で振れ幅が大きい、という方向の結果です。
4. なぜこうなるのか(データで裏取りできる範囲)
機序は2つに分解できます。
(1) 科の差は、需要の年齢構成でほぼ説明がつく。 1,904自治体の合計人口を年齢層別に見ると、2035年は2025年比で0〜14歳が86.4、15〜64歳が92.3である一方、65〜74歳は104.4、75歳以上は104.0です(いずれも2025年=100)。増えるのは高齢層だけ。したがって需要のうち65歳以上が占める割合が高い科ほど指数が高く出ます。上の表の右列がその割合で、内科63.7%・泌尿器科66.6%に対し、小児科は0.0%(受療率が0〜14歳のみに立つ科)、産婦人科は8.0%です。科ごとの序列は、この年齢構成の差の反映です。
(2) 全国計と自治体の中央値がずれるのは、需要が人口の多い自治体に集中しているから。 全国計は各自治体の需要を足し上げた値なので、人口規模の大きい自治体の動きが強く効きます。一方で自治体数で数えると、大多数を占める中小規模の自治体の動きが表に出ます。内科で「全国計101.0/自治体の中央値95.2」というずれが生じるのはこのためで、全国計の横ばいは「多くの自治体で横ばい」を意味しません。エリアごとの実数はエリア別データで個別に確認できます。たとえば東京都文京区の内科のように、自治体単位の需要指数を確認できます。
5. 言えること・言えないこと
言えること
- 人口構成の変化だけを見れば、2035年の外来需要指数は科によって88.1〜101.0の範囲に分かれ、その序列は需要に占める高齢層の割合とおおむね対応する。
- 全国計で横ばいの科でも、需要が増える自治体は3割前後にとどまる。科の選択は全国の平均的な方向を決めるが、個別の開業地の増減を決めるものではない。
言えないこと
- この指数は2025年を100とした相対値であり、患者数・来院数・クリニックの売上の予測ではありません。
- 受療率は令和5年患者調査の全国値で固定しています。将来の受療行動の変化(受診控え、オンライン診療、治療技術の変化、地域差)は反映していません。
- 人口は社人研 令和5年推計の中位仮定という1つのシナリオです。前提が変われば結果も変わります。
- 競合状況・医療計画・診療報酬・立地条件はこの計算に含まれていません。開業判断はこの指数だけで行えるものではありません。
出典: 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」中位仮定 / 厚生労働省「令和5年患者調査」外来受療率
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