開業コラム
「開業を5年待っても、いい場所はいい場所のままか」を政府データで検算する — 内科の相対順位はほぼ動かない(相関0.990)が、10年後も需要が減らない自治体は29.2%から22.0%へ減る
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開業の準備期間は、物件探しから融資、内装、届出まで含めると数年単位になります。「あと5年、勤務医を続けてから」という選択も現実的です。そのとき、こういう言い方をよく聞きます。
「いい立地はこれからも いい立地。5年待っても、選ぶ場所の結論は変わらない」
半分は当たっていて、半分は外れています。政府データで両方を分けて検算します。
何をどう計算したか(意見ではなく計算)
使ったデータは2つだけです。
- 将来人口: 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」中位仮定。5歳階級(0-4歳〜90歳以上)、2025年・2030年・2035年・2040年。
- 外来受療率: 厚生労働省「令和5年(2023年)患者調査」の外来受療率(人口10万対、全国値)。診療科別・5歳階級別。
自治体ごとに、年齢階級別の人口へ同じ年齢の受療率を掛けて足し上げたものを「外来需要」と呼びます。
- 外来需要(市区町村, 科, 年) = Σ_年齢階級( 人口 × 受療率 ÷ 100,000 )
指数は「基準年=100」の相対値です。ここが今回の主題なので、2つの指数を区別します。
- 2025年基準(今の診療圏調査): 2035年の需要 ÷ 2025年の需要 × 100 = 「今開業して、10年後にどうなるか」
- 2030年基準(5年後の診療圏調査): 2040年の需要 ÷ 2030年の需要 × 100 = 「5年後に開業して、そこから10年後にどうなるか」
集計対象は全国1,884市区町村(政令指定都市は行政区単位。親市20市は二重計上になるため除外)。主に内科で計算し、最後に11科を並べます。
結果1: 全国では「今」と「5年後」の差はほとんど出ない
内科の全国合計です。総人口が2025年→2035年に5.4%減るのに対し、外来需要はほぼ横ばいでした。高齢層の受療率が高いぶん、人口減が相殺されるためです。
| 見方 | 指数 |
|---|---|
| 2030年の需要(2025年=100) | 100.7 |
| 2035年の需要(2025年=100) | 100.5 |
| 2040年の需要(2025年=100) | 99.7 |
| 今開業→10年後(2035÷2025) | 100.5 |
| 5年後に開業→10年後(2040÷2030) | 99.1 |
全国合計で見るかぎり、差は1.4ポイントです。「全国の内科の外来需要」という粒度では、5年の待ち時間はほとんど効きません。ただし、開業は全国平均では行いません。
結果2: 自治体単位で見ると、5年で「開業時点の水準」が下がる
1,884自治体それぞれで計算し、人口規模帯(2025年人口)ごとに平均した結果です。まず「5年待つ間に、その街の外来需要そのものがどう動くか」(2030年の需要、2025年=100)。
全1,884自治体の65.4%で、2030年の需要は2025年を下回ります(中央値98.1)。規模が小さいほど下がり幅が大きく、2万人未満では平均4.9%低い水準からのスタートになります。
次に「開業してからの10年の勾配」を、開業年=100として並べます。
| 人口規模帯 | 自治体数 | 今開業→10年後 | 5年後に開業→10年後 | 差 | 2030年の水準(2025=100) |
|---|---|---|---|---|---|
| 20万人以上 | 158 | 103.8 | 102.5 | -1.3 | 102.2 |
| 5〜20万人 | 498 | 100.5 | 98.8 | -1.7 | 100.7 |
| 2〜5万人 | 401 | 95.6 | 93.4 | -2.2 | 98.3 |
| 2万人未満 | 827 | 89.5 | 87.3 | -2.2 | 95.1 |
| 全国(自治体の単純平均) | 1,884 | 94.9 | 92.9 | -2.0 | 97.9 |
差は小さく見えますが、方向はほぼ全自治体で同じでした。1,884自治体の95.2%で、5年後基準の10年勾配は今基準より悪くなります。つまり「水準が下がったところから、さらに少し急な坂を下る」という重ね方になります。
結果3: 一方で、自治体どうしの相対順位はほとんど動かない
冒頭の通説の「当たっている半分」がここです。2つの指数の自治体間の相関係数は0.990でした。
- 今基準で上位10%に入る自治体のうち、5年後基準でも上位10%に残るのは89.9%
- 今基準で下位10%の自治体のうち、5年後基準でも下位10%なのは88.4%
「どの街が相対的に粘るか」というランキングは、基準年を5年ずらしてもほぼ同じ形をしています。データ上は、エリアの相対比較の結論は5年程度では動きにくい、という方向です。
動くのは絶対水準のほうです。「開業後10年、外来需要が減らない(指数100以上)」に当てはまる自治体は、
- 今基準: 551自治体(29.2%)
- 5年後基準: 415自治体(22.0%)
100以上から100未満へ落ちる自治体が137、逆に100未満から100以上へ上がる自治体は1でした。順位は保たれたまま、線全体が下へ平行移動するイメージです。
結果4: 科によって「待つ意味」が逆になる
同じ計算を11科で行いました(全国合計)。
| 診療科 | 2030年の水準(2025=100) | 今開業→10年後 | 5年後に開業→10年後 | 差 |
|---|---|---|---|---|
| 泌尿器科 | 100.8 | 100.2 | 98.1 | -2.1 |
| 内科 | 100.7 | 100.5 | 99.1 | -1.4 |
| 整形外科 | 100.4 | 99.0 | 96.7 | -2.3 |
| 眼科 | 99.4 | 98.0 | 96.9 | -1.0 |
| 消化器内科 | 99.4 | 97.9 | 96.7 | -1.2 |
| 外科 | 98.3 | 95.6 | 94.5 | -1.1 |
| 精神科 | 97.7 | 94.7 | 93.8 | -0.9 |
| 皮膚科 | 97.3 | 94.4 | 93.8 | -0.6 |
| 産婦人科 | 95.8 | 91.3 | 91.1 | -0.3 |
| 耳鼻咽喉科 | 95.8 | 92.5 | 93.3 | +0.8 |
| 小児科 | 91.6 | 87.4 | 93.1 | +5.7 |
高齢層の受療率が効く科(泌尿器科・内科・整形外科)は、待つほど10年勾配が悪くなります。逆に小児科と耳鼻咽喉科は、5年後基準のほうが勾配は緩やかです。ただし小児科は、その5年のあいだに需要水準そのものが8.4%落ちています(2030年=91.6)。「勾配が緩む」ことと「水準が保たれる」ことは別の話です。
なぜこうなるのか(データで裏が取れる範囲)
機序は2つに分解できます。
- 人口減はすでに進行中。2025年から2030年にかけて全国の総人口は2.6%減ります(123,262,450人→120,115,783人)。5年待つとは、この減少ぶんを先に消化してから開業する、ということです。だから「開業時点の水準」が下がります。
- 高齢化による受療率の押し上げには終わりがある。内科の全国需要は2030年に100.7でピーク圏に達し、2035年100.5、2040年99.7と反転します。基準年を後ろへずらすほど、この山の下り側の比重が増えるため、10年勾配が悪化します。小児科のように患者層が若い科では山がないので、逆に「落ちきったあと」の勾配が緩んで見えます。
順位が動かないのは、これらが全国どこでも同じ方向に効くためです。地域差は主に高齢化の進み具合の差であり、5年でその序列が入れ替わるほどの速さでは動いていません。
内科について「そもそも需要のピークが何年に来るか」は、内科の外来需要は全国の約65%の自治体で2025年がピークで自治体別に検算しています。
この記事で言えること・言えないこと
言えること
- 内科の外来需要指数について、2025年基準と2030年基準の自治体間相関は0.990で、相対順位はほとんど動かない(この前提での計算結果)。
- 一方で「開業後10年、需要が減らない」に該当する自治体は29.2%から22.0%へ減り、1,884自治体の95.2%で10年勾配は悪化する方向。
- 科によって符号が変わり、小児科・耳鼻咽喉科は5年後基準のほうが勾配は緩い。
言えないこと
- これは相対値の指数であり、患者数の予測でも、クリニックの売上・収益の予測でもありません。
- 受療率は令和5年患者調査の全国値で固定しています。将来の受療行動の変化、診療報酬改定、オンライン診療の普及などは反映していません。
- 将来人口は社人研の中位仮定という1つのシナリオです。他の仮定では数値は変わります。
- 競合の数・診療圏の重なり・交通条件・不動産の条件は、この計算に一切入っていません。「いつ開業するか」の判断は、ここで示した需要の動きだけで決められるものではありません。
- 個々の自治体について「開業に向く/向かない」を述べるものではありません。示したのは全国の分布と規模帯ごとの平均です。
この記事で使用した数値と出典
本文中の数値は、承認済みの数値レジストリと、公的統計を機械的に集計した値から表示しています。計算方法・出典の詳細は収支シミュレーションの計算方法・数値の出典をご覧ください。
- 市区町村別・診療科別の外来需要指数(2025年基準と2030年基準の比較)政府データの集計
出典: 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」/厚生労働省「令和5年患者調査」(社人研 令和5年推計(基準年 2020)/令和5年患者調査(2023))
対象: 全国 1,884 件を1件ずつ計算
除外条件: 政令指定都市20市は市の合計と行政区の二重計上を避けるため、親市コードを除いて行政区で計上(全国1,884自治体)
この記事での使い方: Pearson相関係数(対象自治体ごとの2指標の相関。相関は因果を意味しません)(1箇所) / 条件に当てはまる件数と割合(12箇所) / 母集団の代表値(平均・中央値・最大・最小)(16箇所)
社人研「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」中位仮定の市区町村別5歳階級人口に、厚生労働省「令和5年患者調査」の外来受療率を掛けて自治体ごとの外来需要を求め、2025年基準(2035÷2025)と2030年基準(2040÷2030)の外来需要指数を同じ自治体行に並べた値。政…
データ版: 社人研 令和5年推計 × 令和5年患者調査(集計版)
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