開業コラム
「需要が伸びる街は全体の3割しかない」を政府データで検算する — 自治体の数で数えると29.2%、需要の量で数えると60.3%
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「これから外来需要が伸びる自治体は、全国の3割程度しかない」。開業地を検討していると、この種の数字を目にします。内科で計算すると確かに29.2%で、数字そのものは合っています。
ただしこの「3割」は、自治体を1件ずつ数えた割合です。対象1,884自治体の2025年人口は最小156人・最大946,010人ですが、この数え方ではどちらも同じ1件です。開業地を選ぶ場面で問題になるのは「増える自治体がいくつあるか」だけでなく「増える場所に外来需要がどれだけあるか」でもあります。数え方を「件数」から「需要の量」に変えると結果がどう動くかを、政府データで計算します。
使ったデータと計算方法
これは意見ではなく計算です。使ったデータは次の2つです。
- 将来人口: 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」中位仮定、5歳階級別。
- 外来受療率: 厚生労働省「令和5年(2023年)患者調査」の外来受療率(人口10万対、全国値)、診療科別・5歳階級別。
外来需要は次の式で計算します。
- 需要(自治体・科・年) = 年齢階級ごとの( 人口 × 受療率 ÷ 100,000 )の合計
- 指数(年) = 需要(年) ÷ 需要(2025年) × 100 (2025年 = 100)
対象は全国1,884自治体です(社人研 令和5年推計の全1,904コードから、政令指定都市20市の親市コードを除外し、行政区で計上)。
この記事では、これに「需要量シェア」を加えます。ある自治体群の2035年の需要を、全国1,884自治体の2035年の需要合計で割った割合です。指数が同じ自治体の時間変化(縦の比較)を見るのに対し、需要量シェアは自治体どうしの大きさ(横の比較)を見る指標です。需要量シェアはあくまで相対的な比重であり、患者数や来院数の予測ではありません。
結果: 件数では29.2%、需要量では60.3%
内科で、2035年の指数が100以上(2025年より需要が減らない)となる自治体は551件、全1,884自治体の29.2%です。この551自治体が2035年の全国需要量に占める割合を計算すると、60.3%でした。同じ集合を、数え方を変えて見ただけで、比重は約2.1倍になります。
指数帯ごとに分けると次のとおりです。
| 2035年の指数 | 自治体数 | 自治体数シェア | 2035年の需要量シェア | 2025年人口の中央値 |
|---|---|---|---|---|
| 110以上 | 50 | 2.7% | 4.9% | 110,656人 |
| 105〜110未満 | 174 | 9.2% | 22.7% | 132,381人 |
| 100〜105未満 | 327 | 17.4% | 32.7% | 90,551人 |
| 95〜100未満 | 398 | 21.1% | 23.3% | 41,853人 |
| 90〜95未満 | 374 | 19.9% | 10.5% | 19,609人 |
| 90未満 | 561 | 29.8% | 6.0% | 6,538人 |
(四捨五入のため、シェアの合計は100%ちょうどにならないことがあります。)
この表は2つのことを同時に示しています。ひとつは、需要が増える側(指数100以上の3帯)が需要量では60.3%を占めるということ。もうひとつは、指数の最上位帯が需要量では小さいということです。指数110以上の50自治体は、2035年の全国需要量の4.9%にとどまります。指数が高いことと需要の量が大きいことは、別々の性質です。
なお、2025年人口の中央値は指数110以上の帯(110,656人)より105〜110未満の帯(132,381人)のほうが大きく、指数が高いほど人口が大きいという単調な関係にはなっていません。
診療科によって「数え方の差」の大きさが違う
同じ計算を11診療科で行いました。
| 診療科 | 需要が減らない自治体数 | 自治体数シェア | 2035年の需要量シェア | 倍率 |
|---|---|---|---|---|
| 内科 | 551 | 29.2% | 60.3% | 2.1倍 |
| 泌尿器科 | 525 | 27.9% | 57.2% | 2.1倍 |
| 整形外科 | 426 | 22.6% | 47.0% | 2.1倍 |
| 眼科 | 356 | 18.9% | 42.2% | 2.2倍 |
| 消化器内科 | 346 | 18.4% | 42.0% | 2.3倍 |
| 外科 | 182 | 9.7% | 24.4% | 2.5倍 |
| 皮膚科 | 125 | 6.6% | 20.1% | 3.0倍 |
| 精神科 | 132 | 7.0% | 19.1% | 2.7倍 |
| 耳鼻咽喉科 | 72 | 3.8% | 14.6% | 3.8倍 |
| 小児科 | 29 | 1.5% | 5.8% | 3.8倍 |
| 産婦人科 | 28 | 1.5% | 5.7% | 3.9倍 |
11科すべてで、需要量シェアは自治体数シェアを上回りました。倍率は内科・泌尿器科・整形外科の2.1倍から、産婦人科の3.9倍まで開きがあります。件数で数えたときに「1.5%しかない」と見える小児科・産婦人科でも、需要量では5.7〜5.8%です。どちらの数字も小さいことに変わりはありませんが、件数だけを見ると小さいほうに寄って見えます(科ごとの2035年の全国指数は10年後も需要が残る科・縮む科の検算で扱っています)。
なぜ数え方でここまで変わるのか
理由はデータで裏取りできる範囲で単純です。需要が減らない自治体は、人口規模が大きい側に偏っています。
内科で2035年の指数が100以上の551自治体は、2025年人口の中央値が98,689人。指数100未満の1,333自治体は14,610人でした。約6.8倍の差があります。1件ずつ数える方法は、この規模差を無視して両者を同じ1票として扱います。
人口規模帯で見ても同じ構造になります。
| 2025年人口 | 自治体数 | 2035年の需要量シェア | 需要が減らない自治体の割合 |
|---|---|---|---|
| 20万人以上 | 158 | 40.8% | 78.5% |
| 5万〜20万人 | 498 | 42.2% | 54.6% |
| 2万〜5万人 | 401 | 11.3% | 22.9% |
| 2万人未満 | 827 | 5.7% | 7.6% |
2万人未満の自治体は全1,884自治体の43.9%を占めますが、2035年の内科需要量では5.7%です。「自治体の何%で増えるか」という数え方は、この43.9%の側に全体の4割超の票を与えることになります(人口規模帯と診療科の関係は科によって伸びる街の規模は違うで詳しく計算しています)。
逆に言えば、需要量シェアの側にも偏りがあります。20万人以上の158自治体だけで需要量の40.8%を占めるため、需要量で語ると大都市の動きが全体像を支配します。件数と需要量は、どちらか一方が正しいのではなく、別の質問に答える2つの数え方です。開業地の候補が具体的に決まっているなら、全国の何%という数字ではなく、その自治体自身の指数と規模を見るほうが直接的です。
言えること・言えないこと
言えること。
- 内科で2035年に需要が減らない自治体は1,884のうち551件(29.2%)で、この551自治体が2035年の全国需要量に占める割合は60.3%です。
- 11診療科すべてで、需要量シェアは自治体数シェアを上回りました(倍率2.1〜3.9倍)。
- 内科の指数110以上の50自治体は、2035年の全国需要量の4.9%です。指数の高さと需要の量は別の性質です。
言えないこと。
- ここでの指数も需要量シェアも相対値であり、患者数・来院数・クリニックの売上を予測するものではありません。
- 受療率は2023年の全国値で固定しています。将来の受診行動の変化、医療提供体制の変化、診療報酬改定の影響は反映していません。
- 社人研 令和5年推計の中位仮定という1つのシナリオに基づく計算です。他の仮定では結果が変わります。
- 競合の数や立地条件は、この計算には一切入っていません。需要量シェアが大きいことは、そこで開業しやすいことを意味しません。
- 需要量シェアは全国合計を分母にした比重です。自治体の境界をまたぐ受診の流れ(隣接自治体からの流入・流出)は反映していません。
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