開業コラム
「需要が伸びて競合が少ないエリアを探す」を政府データで検算する — 該当する自治体は内科370・小児科10、11科すべてで該当するのは1,877自治体中3
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「需要が伸びて競合が少ないエリアを探す」という通説
開業地の絞り込みで、よく聞く整理があります。縦軸に「これから需要が増えるか」、横軸に「競合が多いか少ないか」を取って四角を描き、「需要が伸びて競合が少ない」象限を狙う、という進め方です。
考え方としては分かりやすいのですが、この象限に実際どれだけの自治体が入るのかは、あまり数えられていません。全国に1,700を超える市区町村があるなかで、該当が300なのか30なのかで、探し方はまるで変わります。診療科を変えたときに該当がどう動くのかも、通説の側では触れられません。
そこでこの記事では、全国の自治体を「2035年に需要が減らないか」と「競合密度が全国平均より低いか」の2軸で4つの象限に分け、11診療科それぞれで数えます。意見ではなく、計算の手順と結果をそのまま出します。
計算方法
使ったデータは3つです。
- 将来人口: 国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」中位仮定の2025年・2035年、5歳階級別人口
- 受療率: 厚生労働省「令和5年患者調査」の外来受療率(人口10万対・年齢階級別・全国値)。11診療科分
- 競合数: 厚生労働省「医療情報ネット」の届出実数(2025年12月時点)。診療所のみで、病院は含めていません
計算の定義は次のとおりです。
- 自治体ごとの外来需要 = Σ(5歳階級別人口 × その階級の受療率 ÷ 100,000)
- 需要指数 = 2035年の需要 ÷ 2025年の需要 × 100(2025年 = 100)
- 競合密度 = その診療科の診療所届出件数 ÷ 2025年人口 × 100,000(人口10万対)
- 象限の分け方 = 需要指数100以上(=2035年に需要が2025年を下回らない)か否か × 競合密度が全国平均より低いか否か
以下では、需要指数100以上を「需要維持」、競合密度が全国平均未満を「競合少」と呼びます。通説が狙うのは「需要維持 × 競合少」の象限です。競合密度が0の自治体(その科の届出が1軒もない自治体)も「競合少」に含めています。
集計単位は既存の検算記事と揃えました。社人研推計の全1,904コードから政令指定都市20市の親コードを除いた1,884自治体を出発点に、次の2つを調整しています。
- 福島県浜通り13市町村は人口推計が合算コードで、届出実数と接続できないため対象外(1件減)
- 浜松市は人口推計が旧7区、届出実数が新3区と単位が異なるため、市単位1件に集約(7件減、1件増)
対象は 1,877自治体、2025年人口の合計は122,841,404人です。内科の診療所届出は45,522軒、全国平均の競合密度は人口10万対37.06軒になります。
集計単位が既存記事とずれていないかも確かめました。当サイトの「需要が伸びる街は全体の3割しかない」の検算では、1,884自治体を母数として内科の需要維持を29.2%・需要量シェア60.3%と出しています。今回の1,877自治体で同じ計算をすると29.1%・60.6%で、差は上記2つの調整分だけでした。
なお11診療科は届出上の重複を含みます(内科と消化器内科、外科と整形外科など、同じ施設が複数の科を届け出ています)。科ごとに独立して数え、11科を足し上げることはしていません。
結果1: 象限の広さは科によって37倍違う
11診療科それぞれで、1,877自治体のうち「需要維持 × 競合少」に入る割合を出しました。
自治体数で見ると、最も広い内科が370自治体、最も狭い小児科が10自治体で、37.0倍の開きがあります。産婦人科は9自治体です。
| 診療科 | 全国平均の競合密度(人口10万対) | 届出が0軒の自治体数 | 需要維持の自治体数 | 同・割合 | 「需要維持×競合少」の自治体数 | 同・割合 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 内科 | 37.06 | 90 | 547 | 29.1% | 370 | 19.7% |
| 泌尿器科 | 2.67 | 963 | 521 | 27.8% | 345 | 18.4% |
| 整形外科 | 7.94 | 489 | 423 | 22.5% | 269 | 14.3% |
| 消化器内科 | 12.03 | 473 | 344 | 18.3% | 220 | 11.7% |
| 眼科 | 5.40 | 727 | 354 | 18.9% | 207 | 11.0% |
| 外科 | 8.12 | 447 | 181 | 9.6% | 122 | 6.5% |
| 精神科 | 4.92 | 916 | 131 | 7.0% | 72 | 3.8% |
| 皮膚科 | 8.77 | 667 | 125 | 6.7% | 59 | 3.1% |
| 耳鼻咽喉科 | 3.82 | 860 | 72 | 3.8% | 23 | 1.2% |
| 産婦人科 | 2.98 | 1,010 | 28 | 1.5% | 9 | 0.5% |
| 小児科 | 12.27 | 339 | 29 | 1.5% | 10 | 0.5% |
データ上は、通説の象限は最も広い内科でも全体の2割弱で、11科のうち6科では1割を切ります。「2つの条件を満たす場所を探す」という整理そのものは成り立ちますが、探索の対象は科によってまったく違う規模になります。
結果2: 象限に入るのは「小さな町」ではない
「競合が少ない」と聞くと、人口の少ない自治体を思い浮かべやすいところですが、内科で象限に入る370自治体の2025年人口の中央値は 94,645人 でした。1,877自治体全体の中央値は26,350人なので、象限に入る自治体の方が規模は大きい方向です。
人口規模帯ごとに、11科のうち1科でも象限に入る自治体の割合を出すと、規模が大きいほど高くなります。
| 2025年人口 | 自治体数 | 1科以上で象限に入る自治体数 | 同・割合 | うち内科で象限に入る自治体数 |
|---|---|---|---|---|
| 2万人未満 | 827 | 66 | 8.0% | 46 |
| 2〜5万人 | 400 | 89 | 22.3% | 72 |
| 5〜20万人 | 493 | 232 | 47.1% | 178 |
| 20万人以上 | 157 | 105 | 66.9% | 74 |
内科の象限に入る370自治体は、自治体数では全体の19.7%ですが、2025年人口では全体の38.7%、2035年の内科外来需要では全国の38.1%を占めます。自治体を1件ずつ数えると小さく見え、需要の量で数えると倍近くになる、という関係です。競合の少なさを軒数だけで見たときの落とし穴は「競合が少ない街は空いている」の検算でも触れています。
結果3: 同じ自治体でも、科を変えると象限は変わる
自治体ごとに、11科のうち何科で象限に入るかを数えました。
| 象限に入る科の数 | 自治体数 | 全体に占める割合 |
|---|---|---|
| 0科 | 1,385 | 73.8% |
| 1科 | 114 | 6.1% |
| 2〜3科 | 169 | 9.0% |
| 4〜6科 | 159 | 8.5% |
| 7〜9科 | 47 | 2.5% |
| 11科 | 3 | 0.2% |
1科でも象限に入るのは492自治体(26.2%)で、残りの1,385自治体(73.8%)は11科すべてで象限の外でした。逆に11科すべてで象限に入るのは3自治体(0.2%)です。10科ちょうどの自治体はありませんでした。
科をまたぐと重なりも限られます。内科で象限に入る370自治体のうち、小児科でも象限に入るのは7自治体でした。データ上は、「この街は空いている/空いていない」という言い方は科を決めないと定まらない、という方向の結果です。
なぜこうなるか
象限の広さは、需要側の条件と競合側の条件の掛け算で決まります。どちらがより効いているかは、内訳を開くと分かります。
- 需要維持の自治体の割合は、科によって1.5%(産婦人科・小児科)から29.1%(内科)まで、約19倍の開きがあります
- 需要維持の自治体のうち競合密度が全国平均未満である割合は、31.9%(耳鼻咽喉科)から67.6%(内科)まで、約2倍の開きにとどまります
つまり科ごとの差は、ほとんど需要側の条件で決まっています。背景にあるのは受療率の年齢プロファイルの違いです。同じ2つのデータから、2025年の全国の外来需要のうち65歳以上が占める割合を科別に出すと、泌尿器科67.1%、内科64.1%、整形外科63.4%に対し、耳鼻咽喉科20.4%、産婦人科8.2%、小児科0%(受療率が0〜14歳にのみ計上されているため)でした。需要が維持される自治体の多い科の並びと、この割合の並びはおおむね一致します。
競合側の条件も、需要側と独立ではありません。需要が維持される自治体が大都市に偏る科ほど、その自治体の競合密度は平均以上になりやすくなります。
| 診療科 | 需要維持の自治体の人口中央値 | うち人口20万人以上の割合 | 需要維持のうち競合少の割合 |
|---|---|---|---|
| 泌尿器科 | 98,180 | 23.4% | 66.2% |
| 整形外科 | 98,180 | 24.6% | 63.6% |
| 内科 | 98,689 | 22.7% | 67.6% |
| 眼科 | 108,599 | 26.6% | 58.5% |
| 消化器内科 | 109,368 | 26.7% | 64.0% |
| 精神科 | 111,774 | 31.3% | 55.0% |
| 外科 | 115,685 | 29.3% | 67.4% |
| 皮膚科 | 132,524 | 36.0% | 47.2% |
| 耳鼻咽喉科 | 188,348 | 47.2% | 31.9% |
| 産婦人科 | 217,470 | 53.6% | 32.1% |
| 小児科 | 217,571 | 55.2% | 34.5% |
需要維持の自治体の人口中央値が大きい科ほど、そのうち競合が平均未満に収まる割合は小さい方向です。小児科では需要維持の29自治体のうち55.2%が人口20万人以上で、そこでの競合密度は平均以上になりやすく、結果として象限に残るのは10自治体になります。
言えること・言えないこと
言えることは、次の範囲です。
- 「需要が伸びて競合が少ない」という2条件を同時に満たす自治体の数は、11科で370から9まで開きがあり、内科でも全体の19.7%にとどまる
- その象限に入る自治体は人口規模の小さい自治体に偏っておらず、内科では人口中央値94,645人で、全体の中央値より大きい
- 1,877自治体のうち73.8%は、11科すべてで象限の外にある
言えないことも、はっきりさせておきます。
- 需要指数は2025年を100とした相対値です。患者数の予測でも、クリニックの売上の予測でもありません
- 受療率は令和5年患者調査の全国値で固定しており、将来の受療行動の変化、診療報酬改定、オンライン診療の普及などは反映していません
- 人口は社人研 令和5年推計の中位仮定という1つのシナリオです。仮定が変われば結果も変わります
- 競合密度は届出件数を人口で割った値で、各施設の規模、診療体制、患者の実際の受診先は反映していません。自治体をまたいだ受診も考慮していません
- 象限に入るかどうかは、ここで置いた2つの閾値(需要指数100、全国平均の競合密度)で切った結果です。閾値を動かせば該当数は変わります
- 象限に入ることは、その自治体での開業が成り立つことを意味しません。物件、人材、交通、既存医療機関との役割分担など、ここで使った3つのデータには入っていない要素は数えていません
お探しの市区町村の人口動態・競合クリニック密度はエリア別の開業データから確認できます。
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