開業コラム
「競合が少ない街は空いている」を政府データで検算する — 内科の1軒あたり需要は競合1〜2軒の自治体で中央値145.0、ただし同じ帯の下位25%は79.2で最過密帯と変わらない
公開日:
「競合が少ない街は空いている」という通説
開業地を絞り込むとき、「競合クリニックが少ないエリアを探す」という進め方はよく聞きます。競合が少なければ患者を取り合わずに済む、という理屈です。
ただし「競合が少ない」は軒数だけの話で、そこにどれだけ需要があるかは別に確かめる必要があります。競合が1軒しかなくても、住んでいる人がそれ以上に少なければ、1軒あたりに回る需要は多くありません。
そこでこの記事では、外来需要を競合の軒数で割った「クリニック1軒あたりの需要」を全国の自治体で計算し、通説がどこまで成り立つかを検算します。意見ではなく、計算の手順と結果をそのまま出します。
計算方法
使ったデータは3つです。
- 将来人口: 国立社会保障・人口問題研究所 令和5年推計(中位仮定)の2025年・5歳階級別人口
- 受療率: 厚生労働省 令和5年患者調査の外来受療率(人口10万対・全国値・年齢階級別)
- 競合数: 厚生労働省 医療情報ネットの届出実数(2025年12月時点)。診療所のみで、病院は含めていません
計算の定義は次のとおりです。
- 自治体ごとの外来需要 = Σ(5歳階級別人口 × その階級の受療率 ÷ 100,000)
- 1軒あたり需要 = 外来需要 ÷ その自治体の内科クリニック届出軒数
- 全国の1軒あたり需要(需要の全国合計 ÷ 軒数の全国合計)を100とする指数に直す
対象は内科です。集計単位は既存の検算記事と同じく、社人研推計の全1,904コードから政令指定都市20市の親コードを除いた1,884自治体を出発点とし、そこから次の2つを調整しました。
- 福島県浜通り13市町村は人口推計が合算コードのため、届出実数と接続できず対象外(1件減)
- 浜松市は人口推計が旧7区、届出実数が新3区と単位が異なるため、市単位1件に集約(7件減、1件増)
結果として対象は 1,877自治体 です。このうち内科クリニックの届出が1軒以上あるのは 1,787自治体、0軒は90自治体でした。1軒あたり需要は0軒の自治体では定義できないため、指数の計算は1,787自治体で行っています。
全国合計は、外来需要 1,573,461、内科クリニック 45,522軒。割ると1軒あたり34.4となり、これを指数100の基準にしました。なお34.4は自治体の中で受診が完結すると仮定した計算値であり、実際の1日来院数の予測ではありません。
軒数の内訳も示しておきます。医療情報ネットの内科診療所の届出実数は全国45,680軒で、ここから浜通り13市町村分の158軒を除いた45,522軒が今回の集計対象です。当サイトの他の検算記事で使ってきた45,211軒は、これにさらに浜松市分の311軒が外れた数にあたります。
結果1: 中央値では通説どおり、ただし振れ幅が逆を向く
競合の軒数で自治体を5つの帯に分け、1軒あたり需要の指数を比べました。
中央値だけを見れば、通説はデータ上も成り立っています。競合が1〜2軒の自治体では145.0、31軒以上では97.0で、競合が少ない帯ほど1軒あたりに回る需要は多い方向です。
ただし同じ帯の中身を開くと、別の姿が出てきます。
| 競合の軒数 | 自治体数 | 下位25%の指数 | 中央値 | 上位25%の指数 | 上位25%÷下位25% | 指数100未満の割合 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1〜2軒 | 373 | 79.2 | 145.0 | 237.5 | 3.00倍 | 31.9% |
| 3〜5軒 | 272 | 88.9 | 126.0 | 174.3 | 1.96倍 | 31.6% |
| 6〜10軒 | 268 | 89.0 | 118.9 | 154.7 | 1.74倍 | 32.5% |
| 11〜30軒 | 439 | 87.2 | 107.5 | 132.5 | 1.52倍 | 40.8% |
| 31軒以上 | 435 | 78.9 | 97.0 | 117.6 | 1.49倍 | 55.4% |
中央値が最も高い「1〜2軒」の帯は、当たり外れの幅も最も大きい帯です。四分位の比(上位25%の水準 ÷ 下位25%の水準)は3.00倍で、31軒以上の帯の1.49倍のおよそ2倍の開きがあります。
具体的には、競合1〜2軒の自治体のうち 31.9%(373自治体中119)は、1軒あたり需要が全国平均を下回ります。この帯の下位25%の水準は79.2で、競合が最も多い31軒以上の帯の下位25%(78.9)とほぼ同じでした。競合の少なさは、平均を押し上げはしても、下振れを取り除いてはくれません。
結果2: 1軒あたり需要が多い自治体は、競合が少ない自治体とは限らない
逆側からも見ておきます。1,787自治体を1軒あたり需要の指数で並べ、上位25%(指数149.9以上・447自治体)がどの帯から来ているかを数えました。
| 競合の軒数 | 上位25%に入った自治体数 | 上位25%全体に占める割合 |
|---|---|---|
| 1〜2軒 | 175 | 39.1% |
| 3〜5軒 | 98 | 21.9% |
| 6〜10軒 | 78 | 17.4% |
| 11〜30軒 | 66 | 14.8% |
| 31軒以上 | 30 | 6.7% |
1軒あたり需要が上位25%に入る自治体のうち、競合1〜2軒はそのうちの39.1%でした。残る 60.9%(272自治体)は競合が3軒以上ある自治体 です。うち38.9%は6軒以上の帯から出ています。データ上は、1軒あたり需要という尺度で見た「空いている場所」は、競合の少ない小規模自治体に限られてはいません。
なお内科クリニックの届出が0軒の90自治体は、2025年人口の平均が4,022人、最大でも14,554人で、全国の内科外来需要に占める割合は0.35%でした。軒数だけを見れば最も空いている場所ですが、需要の量としてはごく小さい部分にとどまります。
なぜこうなるのか
競合の軒数は、需要をほぼそのまま写した数字だからです。
1,787自治体で、外来需要と内科クリニック軒数の対数どうしの相関は 0.924 でした。需要が1%多い自治体では軒数が平均0.939%多い、という関係です。つまり軒数の大小は、その大半が需要の大小の言い換えになっています。「競合が少ない」という情報の多くは、「需要が小さい」という情報と重なっているとみることができます。
そのうえで、この関係からずれた分だけが1軒あたり需要の差として残ります。ずれは競合が少ない帯ほど大きく出ます。競合1〜2軒の帯に入る373自治体の2025年人口は156人から32,232人(中央値4,369人)まで開いており、同じ「1〜2軒」という表示の裏に200倍以上の人口差が含まれているためです。分母が1や2と小さいと、軒数が1軒違うだけで1軒あたり需要は半分にも2倍にもなります。
競合の軒数そのものについては「競合が少ないエリアは有望」を政府データで検算するで、人口あたりの競合密度については「都市部は競合が過密、地方は空いている」を届出実数で検算するで、それぞれ別の角度から扱っています。
この計算で言えること・言えないこと
言えること。
- 内科の1軒あたり需要の指数は、競合の軒数が少ない帯ほど中央値が高い方向でした(1〜2軒で145.0、31軒以上で97.0)
- 同時に、同じ帯の中の振れ幅も競合が少ない帯ほど大きく、1〜2軒の帯では31.9%が全国平均を下回りました
- 1軒あたり需要が上位25%の自治体のうち60.9%は、競合が3軒以上ある自治体でした
言えないこと。
- 指数は全国平均を100とした相対値です。特定の場所で見込める患者数や、クリニックの売上を予測するものではありません
- 需要は自治体の中で受診が完結すると仮定した計算です。隣接自治体への流出・流入は反映していないため、通勤や交通で人が動く地域では実態と離れます
- 競合は医療情報ネットの届出実数(2025年12月時点)の軒数のみで、各施設の規模・診療体制・診療時間・集患力の違いは反映していません。病院の外来も含めていません
- 受療率は令和5年患者調査の全国値を2025年時点で固定しています。将来の受療行動の変化、診療報酬改定、オンライン診療の広がりなどは織り込んでいません
- 人口は社人研 令和5年推計の中位仮定という1つのシナリオです
- 集計単位は1,877自治体で、福島県浜通り13市町村(人口推計が合算コード)は対象外、浜松市は市単位1件として扱っています。他の検算記事の1,884自治体とは母数が異なります
お探しの市区町村の人口動態・競合クリニック密度はエリア別の開業データから確認できます。
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