開業コラム
開業時の設備投資と消費税|『あとで戻ってくる』が保険診療では成り立たない
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医療機器や内装の見積書を並べていると、末尾の「消費税」の行が目に入ります。数千万円の投資なら、その行だけで数百万円です。多くの事業では、ここで払った消費税は申告のときに差し引かれて戻ってきます。ところが保険診療を中心とするクリニックでは、この消費税は原則として戻ってきません。つまり見積書の税抜金額ではなく、税込金額が本当の投資額です。
なぜ戻ってこないのか
消費税は、売上で預かった消費税から仕入で支払った消費税を差し引いて納める仕組みです。この「差し引く」ことを仕入税額控除といいます。
ところが社会保険診療は、消費税法上の非課税取引とされています。患者からも保険者からも消費税を預かっていません。預かっていない以上、そこから差し引く先がなく、非課税売上に対応する課税仕入れの消費税は控除の対象外になります。これが控除対象外消費税、いわゆる「損税」と呼ばれるものです。
医薬品も医療機器も内装工事も、仕入れる側は普通に消費税を払っています。入口では課税、出口では非課税。この非対称が、投資額をそのまま押し上げます。
「投資した年は課税事業者になれば還付される」が効きにくい
他業種でよく聞く対処法が、大きな投資をする年に課税事業者を選び、支払った消費税の還付を受けるというものです。クリニックでもこの検討自体は成り立ちますが、効き方が違います。
控除できる割合は課税売上割合に連動します。クリニックの課税売上は自由診療・健康診断・予防接種・文書料などで、保険診療収入は1円も課税売上に入りません。保険診療が中心の診療科では課税売上割合が5〜20%程度になることが一般的とされ、その場合は支払った消費税の大部分が控除できないまま残ります。加えて課税事業者を選択すると一定期間は免税事業者に戻れない拘束があり、拘束の長さは取得する資産によっても変わり得ます。
有利になる場合がないわけではありません。自由診療の比重が大きい計画なら検討する価値があります。ただし「設備投資の年は課税事業者が得」という他業種の常識を、そのまま持ち込むと外れます。判断は課税売上割合の見込み次第なので、事業計画の数字を持って税理士に当たるのが確実です。
| 収入の種類 | 消費税の区分 |
|---|---|
| 保険診療収入 | 非課税(課税売上高に含めない) |
| 自由診療収入 | 課税 |
| 健康診断・人間ドック | 課税 |
| 予防接種 | 課税 |
| 文書料(診断書等) | 課税 |
表で押さえておきたいのは、課税事業者になるかどうかの判定に使う「課税売上高」には、売上の大半を占める保険診療が入らないという点です。総収入が5,000万円でも自由診療が300万円なら、課税売上高は300万円という数え方になります。
診療報酬で補てんされている。ただし診療所は不足側にいる
この問題に対しては、これまでの改定で診療報酬本体に消費税分を上乗せする形の補てんが行われてきました。ではそれで足りているのか、という点は調べられています。
厚生労働省が中医協に示した令和7年度の補てん状況把握では、令和6年度(2024年度)の補てん率は医科全体で101.5%、病院で104.9%とされる一方、一般診療所は93.5%と補てん不足側でした。歯科診療所は90.1%、保険薬局は103.7%です。前年の令和5年度も一般診療所は96.8%で、2年続けて100%を下回っています。1施設・1年当たりで見ると、令和6年度の一般診療所は補てん差額が約9万5千円のマイナスと試算されています。この結果を踏まえ、2026年度の診療報酬改定では消費税分の上乗せ点数の見直しは行わない方針とされました。
補てんはマクロの平均で設計されているため、個別の医療機関では過不足が必ず生じます。開業直後のように投資が一時期に集中する年は、平均から外れやすい局面だと考えておくのが妥当です。
払った消費税は、その年の経費にもならない
もう一段、資金繰りに効く時間差があります。
免税事業者である場合や、税込経理を採用している場合は、支払った消費税は資産の取得価額に含まれます(国税庁の取扱い上、特別な処理は要しないとされています)。つまり機器に乗った消費税は、その年の経費ではなく、機器の耐用年数にわたって減価償却を通じて少しずつ費用になります。税抜経理でも、課税売上割合が80%未満で一の資産に係る控除対象外消費税額等が20万円以上あるものは「繰延消費税額等」として、60か月にわたって損金算入する扱いとされています(取得年度はその半分)。
現金は開業前に一括で出ていくのに、費用として認められるのは何年もかけて。この二重のズレが、開業初年度の手元資金を想定より薄くします。開業後の資金繰りを見るときは、ここを織り込んでおきたいところです。リース料にも消費税はかかるため、購入かリースかの比較は税込で並べないと条件が揃いません。
事業計画にどう織り込むか
やることは複雑ではありません。設備・内装の見積を、税抜ではなく税込で事業計画に載せる。それだけで、資金計画の前提が現実に寄ります。開業資金がいくら必要かを積むときも同じで、業者からの提示が税抜表記になっていないかを確認してください。自己資金と借入の枠を税抜で組んでいると、着地で消費税の分だけ不足します。
消費税は、税務申告の段になって考える論点のように見えて、実際には物件と機器を決める段階で投資額を1割前後押し上げている論点です。そして押し上げた分は、その年の経費にもならずに後ろへ流れていきます。制度そのものは変えられませんが、税込で見積もり、税込で資金を用意しておけば、少なくとも想定外にはなりません。その計画の土台になる患者数の見込み、つまり候補地にどれだけの人が住み、どれだけの医療機関がすでにあるのかは、公的なデータを使って自分で確かめられます。そこは費用をかけずに検証できる部分です。
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AI診療圏分析レポートを作成(無料)※ 本記事は開業検討の参考情報であり、開業の成否を保証するものではありません。出典・参照資料:【法令・制度】社会保険診療が消費税法上の非課税取引とされ、非課税売上に対応する課税仕入れの消費税額が仕入税額控除の対象外となる(控除対象外消費税、いわゆる「損税」)という仕組み: 日本医師会「医療における控除対象外消費税問題の実態と日本医師会の考え方」 https://www.med.or.jp/dl-med/doctor/report/zeisei/zei_120919.pdf および税理士事務所による制度解説 https://www.mytaxpro.jp/tax-content/171 (いずれも2026-07-29取得)。 【国税庁(一次資料)】控除対象外消費税額等の処理。税抜経理方式で、課税売上割合が80%以上でなく、かつ一の資産に係る控除対象外消費税額等が20万円以上のものは「繰延消費税額等」として60か月で損金算入し、取得年度はその2分の1相当額とされること。税込経理方式では消費税額等は資産の取得価額または経費の額に含まれ特別な処理を要しないこと: 国税庁タックスアンサー No.6921「控除できなかった消費税額等(控除対象外消費税額等)の処理」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6921.htm (2026-07-29取得)。 【厚生労働省・中医協(一次資料)】「控除対象外消費税の診療報酬による補てん状況の把握〈令和7年度〉」(中医協 総-1-1/診調組 税-1、令和7年11月28日)。令和元年の消費税率10%引上げに伴う診療報酬本体への上乗せ分(5〜10%部分)についての把握で、令和6年度の補てん率は医科全体101.5%、病院104.9%、一般診療所93.5%、歯科診療所90.1%、保険薬局103.7%。令和5年度は医科全体103.4%、病院106.3%、一般診療所96.8%。1施設・1年当たりの補てん差額は令和6年度の一般診療所で▲95千円: https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001600990.pdf (2026-07-29取得、原文PDFを直接確認)。2026年度診療報酬改定において消費税分の上乗せ点数の見直しを行わない方針とされたことは中医協総会(令和7年11月26日)の報道 https://gemmed.ghc-j.com/?p=71341 および https://medical-tribune.co.jp/rensai/articles/?blogid=11&entryid=570048 (2026-07-29取得)によります。補てん率は医療経済実態調査に回答した施設を対象とした種別ごとの加重平均であり、個別の医療機関の補てん状況を示すものではありません。 【一般的傾向(公的統計ではない)】クリニックの課税売上に自由診療収入・健康診断料・予防接種料・文書料等が含まれ保険診療収入は含まれないこと、保険診療中心の診療科では課税売上割合が概ね5〜20%程度になることが多いとされること、事業者免税点制度の基準期間における課税売上高1,000万円の水準: 医療特化の税理士事務所等による解説 https://ayusawa-partners.jp/column/clinic-kazei-hikazei および https://zeirishi-hk-firm.com/medical-clinic-doctor/consumption-tax/ (2026-07-29取得)。課税売上割合は診療科・診療内容により大きく異なり、目安の幅として示したものです。 本記事の数値・傾向は一般的な目安であり、特定の税額・還付額・収支の結果を保証するものではありません。消費税率、診療報酬上の補填、課税事業者の選択に関する制度は今後変更され得ます。課税事業者を選択すべきか、選択した場合の拘束期間、簡易課税や経理方式の選択、個別の資産の取扱いは、事業計画の数値と診療科の構成によって結論が変わるため、実際の判断は税理士等の専門家にご確認ください。